水曜日, 6月 07, 2006

認知障害と進化

生物の進化は環境への適応戦略の結果であるというのが、ダーウィニズム(進化論)の基本的な考え方です。その理論が正しいならば、私達人類も生物である以上、現在の遺伝子の表現型としての個体が進化の結果であります。

「自閉症」や「ADHD」を患う人が人種を問わず、またある程度遺伝性を持つことが明らかになってきたことを授業で学びました。つまり、遺伝子の獲得形質が環境への適応の結果ならば、「自閉症」や「ADHD」という遺伝子も環境への適応の結果といえます。「自閉症」や「ADHD」の遺伝子を持っていることが、生存競争の中で有利に働いていた(いる)ことを示しているのかも知れません。

(遺伝性の「自閉症」や「ADHD」とそうでない場合でも、その認知障害のメカニズムは同じかもしれません。ですが、ここでは以下、遺伝性の場合についてのみ議論します)

ただ、現代の社会環境では「自閉症」や「ADHD」を患う人々は、「構造化された環境」のもとで、よりその能力を発揮すると学びました。現代の人間社会は、人類の多様性を担保することで、発展を維持しているようにみえます。自然界の弱肉強食のルールとは違った形で、生態系の安定を保証しています。つまり、「構造化された環境」を提供されなければ能力を発揮できない個体は、自然界では生き残れないのです。「構造化された環境」を提供することで、その個体を集団に組み入れ、集団の多様性を維持している。

そう考えると、「自閉症」や「ADHD」という認知方法は、我々の祖先が集団を形成し、集団の中で役割分担をし、構造化された頃に発生したと考えられます。

現代でも、「自閉症」や「ADHD」を患う人々一人一人に、それぞれに適した「構造化された環境」を提供することは大変困難です。ほとんど提供されていないのが現状ではないでしょうか。それでも、遺伝形質として淘汰されてしまっていないのには訳があるのでしょうか?

「自閉症」や「ADHD」の認知障害の特徴から、その認知方法がどのような環境により適応していたのかを検証することは、患者の方達やその家族を支援する具体的な方法や個々に適した「構造化された環境」を提供することの何かヒントを与えてくれるかも知れません。もしかしたら、とてつもない能力なのかもしれません。今後の認知科学や心理学の研究に期待します。

認知や心理に関する興味は、私にとって潜在的なものです。他人の行動や発言は自分をうつす鏡のようなものであるように、「自閉症」や「ADHD」という認知障害は、自分の潜在的な認知活動を知る上で鏡のようなものなのだと思います。

近年の分子生物学の成果、スモールネットワーク理論、鳥インフルエンザの感染爆発(ウィルスの遺伝子形質の変化)、異常気象による巨大ハリケーン発生現象などを知れば知る程、この世の中のあまりに絶妙なバランスというものに驚かされるばかりです。それぞれの要素が緩やかにかすかに関わりあっています。その関わりが全体の安定にどれくらい寄与しているか評価するのはほとんど不可能です。

おそらくそれと同じように、さまざまな認知的特徴をもつ個人がつくる集団は絶妙なバランスを作っているのだと最近よく感じるようになりました。見知らぬ人たちが集まっても、自然と役割分担をし、集団を構造化します。特定の個人のがその集団に及ぼすダイナミクスを推し測るのは、上記の理由でほぼ不可能です。そういった観点から自分たちの社会を見る必要もあるように思います。 もはや、複雑ネットワークを要素還元的に記述することが不可能なのは、数学、情報科学分野などでは自明となりました。人文系の人々は昔から感覚的に気づいていたのでしょう。

ヒトの認知、心理構造から得られた知見が、私達のよりより幸せに活かされることを祈ってやみません。そしてその知見にすこしでも貢献できるよう私も計算論的な神経科学の方面から頑張りたいです。

ちょうどこれを書いている間に、「進化認知科学、進化心理学」という学問分野が存在していることを知りました。そして、21世紀COEプログラムとして東京大学のグループが中心となって「心とことば - 進化認知科学的展開(http://ecs.c.u-tokyo.ac.jp/index.html)」と題したプロジェクトがあることを知りました。このプログラムの目的は、「認知科学、言語科学、進化人類学、 進化心理学、遺伝学、小児科学、情報科学などの連携による学際融合研究を行い、グローバル化が進む現代社会における人間理解の知的基盤を提供」することだとしています。

このように、認知科学や心理学、情報科学の見地から社会システムのありかたを研究し、提言する活動がより活発になってゆくことに期待します。

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